大阪高等裁判所 平成5年(ネ)3474号 判決 1995年6月29日
大阪市東成区深江南一丁目二番一一号
控訴人
瓜生製作株式会社
右代表者代表取締役
瓜生卓郎
右訴訟代理人弁護士
藤原光一
谷口由記
右輔佐人弁理士
西澤茂稔
大阪府東大阪市西岩田三丁目五番五五号
被控訴人
ヨコタ工業株式会社
右代表者代表取締役
横田行徳
右訴訟代理人弁護士
深井潔
右輔佐人弁理士
辻本一義
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
(注) 以下の第一~第三(争点に対する判断より前の記載)において、一二ポイント相当文字の部分は、項目行に該当する部分か、当審における主張、判断の補充部分となっている。一〇ポイント相当文字部分は、略記方法や、誤字等の補正をし、漢字の使用等の表現上の関係で手直しをした部分がある以外、原判決の引用である。なお、当審判決自体の注釈行になっている箇所も存する。
以下、控訴人を「原告」と表記し、被控訴人を「被告」と表記する。
第一 申立て
原告は、原判決取消しの判決とともに、次の請求の趣旨記載の判決並びに仮執行宣言を求め、被告は控訴棄却の判決を求めた。
(請求の趣旨)
(1) 被告は原判決別紙物件目録(一)及び(二)記載の油圧式トルクレンチを製造し、販売してはならない。
(2) 被告は前項記載の油圧式トルクレンチを廃棄せよ。
(3) 被告は原告に対し三〇〇〇万円及びこれに対する平成三年三月五日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。
第二 事案の概要
一 原告の実用新案権
原告は次の実用新案権(本件実用新案権。その考案を「本件考案」という)を有している(争いがない)。
考案の名称 油圧式トルクレンチ
出願日 昭和五八年三月四日(実願昭五八-三二一〇一)
出願公開日 昭和五九年九月一九日(実開昭五九-一四〇一七三)
出願公告日 平成元年九月四日(実公平一-二九〇一二)
設定登録日 平成二年四月一八日
登録番号 第一八一三八七六号
実用新案登録請求の範囲
「ロータにて回動されるライナーにまゆ形をした空洞を形成し、この空洞の内周面に設けた四つのシール面のうち、ライナー内周面の長手軸心線上のシール面をこの直線上に位置せしめ、ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より位置をずらし、かつこれと平行なる直線上に位置せしめて短軸線に対して非対称に形成し、また主軸に嵌挿したる二枚の羽根は主軸中心線上を通り、かつこの羽根間の主軸外周面に形成されるシール面とを具備し、このシール面を主軸中心を通る直線即ち羽根溝の中心を通る直線に直交する直線よりライナー室と同じ値だけ位置をずらした平行なる直線上に位置せしめ、かつライナー室内に主軸を同心的に配置し、ロータにて回動されるライナー一回転に対し一打撃を得るようになした油圧式トルクレンチ。」(原判決別紙実用新案公報(一)参照)
二 構成要件の分説
本件考案の構成要件を分説すると次のとおりである。(甲二)
A ロータにて回動されるライナーにまゆ形をした空洞を形成していること。
B この空洞の内周面に設けた四つのシール面のうち、ライナー内周面の長手軸心線上のシール面をこの直線上に位置せしめていること。
C ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より位置をずらし、かつこれと平行なる直線上に位置せしめて短軸線に対して非対称に形成していること。
D また主軸に嵌挿したる二枚の羽根は主軸中心線上を通り、かつこの羽根間の主軸外周面に形成されるシール面とを具備していること。
E このシール面を主軸中心を通る直線即ち羽根溝の中心を通る直線に直交する直線よりライナー室と同じ値だけ位置をずらした平行なる直線上に位置せしめていること。
F ライナー室内に主軸を同心的に配置していること。
G ロータにて回動されるライナー一回転に対し一打撃を得るようになしたこと。
H 油圧式トルクレンチであること。
三 目的、作用効果
本件考案の目的、作用効果は次のとおりである(甲二)。
1 目的(公報(一)1欄21~24行)
二枚のブレードを用いライナー一回転に一打撃を打つことにより油圧室打撃トルク発生装置内の油圧をあまり高めることなく安定した高トルクを得られるようにした。
2 作用効果(公報(一)6欄18~28行)
(一) ライナーの一回転に対し、一回パルスを発生させるのみとなり、したがって一パルスのトルクが大きくなる。
(二) 主軸、ライナーとも部品が略対称形のためバランスが良く、二枚の羽根によりライナー室の内圧上昇が偶力として働くため効率が良く、強力な打撃力(トルク)を得ることができる。
(三) 一枚羽根の場合、軸の円周方向に片側のみ回転力が働くため、軸受に片よりが働き回転力にロスがあったがこの点においても有利である。
(四) 二枚羽根のため、シール性が良く、内圧上昇の効率が良くなる。
四 被告の実施
被告は、昭和六〇年九月ころから、原判決別紙物件目録(一)及び(二)記載の油圧式トルクレンチ(以下両者をまとめて「被告製品」という)を、業として製造、販売している(争いがない)。
五 構成要件の具備部分
被告製品は本件考案の構成要件A、B、D、F、G及びHを具備している(争いがない)。
六 請求の概要
被告製品が本件考案の技術的範囲に属することを理由に、被告製品の製造販売の停止等を求めるとともに、本件考案の出願公告日の翌日である平成元年九月五日から平成三年一月末日までの間の実施料相当損害金三〇〇〇万円の支払を求める。
七 主な争点
原審では次の1ないし3が争点となった。当審では、原告が不完全利用論の適用の主張を追加し、その適用の可否も争点となった。これを争点2-2とする。
1 被告製品が本件考案の構成要件C及びEを具備するか。
(一) 右各構成要件のシール面には、被告製品のようにライナー中心を通る短軸線に交わるものは含まれないか。
(二) 右シール面がその中間点においてライナー中心を通る短軸線と交わる被告製品の構成は、右各構成要件といわゆる均等と評価できるか。
2 被告製品は本件考案を利用したものといえるか。
3 被告製品が本件考案の技術的範囲に属する場合、被告が賠償すべき原告に生じた損害額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(被告製品が本件考案の構成要件C及びEを具備するか)
1 右各構成要件のシール面には、被告製品のようにライナー中心を通る短軸線に交わるものは含まれないか。
(原告の主張)
(一) 同構成要件中のシール面は、登録請求の範囲の記載から明らかなように、「長手方向の断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている」構成のシール面を「具備する」、すなわちすべての断面という限定をせずに、「長手方向の断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている」部分があるものであって、その構成を採用することによって、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を奏する。
被告製品は、右シール面がその中間点一点においてのみライナー中心を通る短軸線と交わるけれども(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5)、その余のいかなる点においても「長手方向の断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている」のであって、被告製品はそのようなシール面を「具備」するがために、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を奏するのである(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5のシール面は一回転につき二回ライナーと主軸のシール面が一致するが、一回転一打撃の作用効果に影響を及ぼさない部分である)。したがって、被告製品は本件考案の構成要件C及びEを具備する。
登録請求の範囲にいう「シール面」は、すべて断面におけるシール面(シールポイント)を意味している。本件登録出願の願書添付の明細書は、本件考案の構成及び作用効果を最も的確かつ容易に理解できる表現形式として、断面の状態で説明し、断面図を添付しているのである。そして、その第2図(公報(一)四~五頁の断面図)でも明らかなように、四つのシール面は断面におけるシール面(シールポイント)を意味しているのである。登録請求の範囲及び考案の詳細な説明中に、長手方向の「すべての」断面において、二つのシール面が短軸線に対して位置がずれている旨を示唆する記載は全くない。
本件考案の願書添付図面の実施例の断面図に「シール面」という表現がされているのは、シール部分の幅、すなわち長手軸心線方向ではなく断面図上もわずかの幅を有するためであって、これは「シールポイント」と言い替えてもよい。ちなみに、本件考案の願書添付明細書でシール部分を「シールポイント8a」と表現しているように(公報(一)4欄5行)、明細書記載での「シール面」は、長手軸心線方向に一本の連続した「シール面」ではなく、断面上でのシールポイントと解釈すべきである。
被告主張のように、シール面を一連で一本のものとして解釈すると、登録請求の範囲にいう「ずらす」という意味が理解できなくなってしまう。すなわち、右「ずらす」というのは、シール面(シールポイント)を結ぶ直線をライナー内周面短軸線より位置をずらし、かつ、これと平行なる直線上に位置せしめて短軸線に対し非対称に形成することであり、短軸線より位置をずらすという意味は、原告主張のようにシール面を断面で捉らえてこそ正しい理解が得られる。
(二) 被告は、乙第四号証(原判決別紙実用新案公報(二))の原告の実用新案登録出願(本件考案の後願)の第3図Aと第4図Aのシール面の構造が被告製品のシール面構造そのものなので、原告が同じ構造のシール面の技術を再度重複して出願するはずがないことを理由に、原告はこの後願の考案は先願の本件考案とは異なるものと認識していたはずであり、この原告の両出願内容からみて、被告製品のシール面構造は本件考案とは異なる構造であると考えることができると主張する。
しかし、実用新案法二六条で準用する特許法七〇条一項には、「特許発明の技術的範囲は、願書添付の明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定されており、技術的範囲を定めるのに後願の考案が影響することはない。同一人が前後して二つの出願をしたからといって、その出願人がその二つの出願の考案を異なるものと認識していたと考えるのは早計である。すなわち、一般に、先の出願の明細書や図面に記載していない実施例が、その考案に含まれることを確認するために後日新たな出願をすることはよくあることである。これは、出願人としては、先の考案と同一であるとの理由で拒絶されてもよく、また、万一先の考案に新たな考案が加わっているとして登録されてもよいとの考えから、しばしば行われていることであるし、また、同一人が前後して二つの出願をする必要性がある場合もある。本件原告の右後願は正に原告において後願を行う必要があった場合である。
すなわち、原告が本件登録出願をしそれが昭和五九年九月一九日に出願公開された後、昭和六〇年九月三〇日に被告は被告製品と同一構造の油圧式トルクレンチにつき特許出願をした(昭和六二年一〇月二七日出願公開)。これはさておき、原告としては、本件登録出願がシール面の全体形状を限定していないことから、被告出願の油圧式トルクレンチが本件考案の技術的範囲に含まれると考えていたが、念のために、シール面の全体形状において被告製品の構成と同一のもの(公報(二)第3図A、第4図A)及び他のもの(公報(二)第3図B及びC、第4図B及びC)を後願として昭和六一年八月四日に出願したのである。そして、被告は、原告が右後願の出願をした後に、シール面の全体形状が被告製品と異なる六種類のものについて特許出願し、国内優先権主張をしたが、右六種類のものについては、原告の右後願出願後の出願であり、国内優先権主張の基礎とされた被告の先願には記載されていなかったことから、国内優先権を否定されたものであり、この点においても原告の右後願が功を奏している。
したがって、原告の右後願を根拠とした被告の右主張は失当である。
(三) 被告製品には、本件考案にはない独自の効果が得られるとした原判決の認定は誤りである。
一般に、回転軸に対して非対称的な場合には、その重心位置が回転軸とずれているために、回転させると振動が生じる。被告製品も中間点以外は回転軸に対して非対称で、重量バランスは不均衡であり、しかも長手方向中心から端になるほどバランス的には不均衡となる。
本件考案の二ブレード式インパルスレンチの二室の高圧室の容積が微妙に異なっているけれども、高圧室同士は導通しており、したがってブレードに働く圧力の大きさが異なることにはならないし、ブレードに働く圧力の差が回転時の重量バランスに不均衡を生じることもない。被告製品も高圧室同士は導通しており、それにより二室の圧力は同じになるのであって、シール面を傾斜させることによって二室の圧力を同じにしているものではない。
一般に、シール凸条が合致した時に油の洩れを完全に防止することはできず、わずかではあるが、高圧室から低圧室に油が洩れ、シール凸条の長さに比例して洩れが大きくなる。したがって、主軸が同じ長さの場合には、軸中心線に対して平行なシール凸条よりも傾斜したシール凸条の方が長いから、被告製品の方が油洩れが多くなる。
以上のとおり、本件考案のものに比し、被告製品の方が圧力上昇が得られにくく、強力な打撃(締めつけ)トルクが得られない。
また、実験結果によっても、被告製品の無負荷時の振動レベルが、本件考案の実施品よりすべてにわたって低くはなく、負荷時の振動も考慮して両者の振動の多寡が検討されなければならない。
(被告の主張)
(一) 登録請求の範囲中の「空洞の内周面に設けた四つのシール面」との記載、考案の詳細な説明中の「この二(つ)の羽根9、9の間の主軸外周面には主軸外端面より少し突出したシール面7a、7b(7aの誤記)を形成するが、の(「この」の誤記)両シール面7a、7b(7aの誤記)間を結ぶ直線はこれと平行なる主軸中心を通る直線とはある一定の間隔を有して中心線よりいずれか片方に寄るものとし、かつ中心線と、主軸中心とシール面とを結ぶ直線とのなす角度を“a”とするものである。」(公報(一)3欄27~34行)、「互いに対向するライナーのシール面8b、8b及び主軸のシール面7a、7aが夫々中心を通す(る)直線より数度偏心せしめているので両シール面7a、8a間に隙間が生じ」(公報(一)5欄28~31行)、「対向する二つのシール面の中心をライナー室中心を通る直線より数度偏心させ」(公報(一)6欄14~16行)との記載に照らして考えると、本件考案の「シール面」はそれぞれ一連で一本のものを意味していると解すべきであり、登録請求の範囲にいう「二つのシール面を……位置をずらし」との構成は、一連で一本のものとしてのシール面の位置を、短軸線より一方に寄り、かつ、その寄る程度はどの部分であっても一定の角度“a”を保つように全体としてずらすことである。したがって、被告製品のようにライナー中心を通る短軸線に交わるシール面は、本件考案の構成要件C及びEのシール面には含まれない。
(二) なお、本件考案の出願当時、油圧式トルクレンチにおいて、一回転一打撃の構造が周知であったことはもちろん(乙一二、一三、一六)、羽根を二枚にすることも(乙一五)、羽根を四枚にすることも(乙一四)周知であったから、一回転一打撃の作用効果を奏する構成はすべて本件考案の技術的範囲に含まれるかのようにいう原告の主張は明らかに誤りである。
本件考案出願当時の油圧式トルクレンチのシール機構においては(乙一二~一六)、シール面の中心線はいずれもライナー室中心を通る直線と平行に設けるという技術的思想しかなく、本件考案においてもライナー室中心を通る直線と平行に設けるという構成以外の構成を示唆する記載はないから、当然、本件考案も、シール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるという従来技術を前提とした上で、このシール面をどちらか一方にずらした(偏心させた)ところに新規性、進歩性がある。
他方、被告製品の、シール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるのではなく、これと傾斜させることとする技術的思想は、被告側が初めて創作したものである。
(三) 右被告の見解が正しいことは、次の諸事実からも明らかである。
(1) 原告は、本件考案の出願後に乙第四号証の実用新案登録出願をしているが(公報(二))、この後願の願書添付図面には、同考案の実施例として被告製品のシール面の構造と同一のものが図示されている(第3図Aと第4図A)。その上、本件登録請求の範囲には、「ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より位置をずらし」と記載しているのに対し、被告製品の構成を含む原告の右後願の登録請求の範囲には、「ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線に対して交わるようにして配設し」と記載していた。このように原告自ら出願の後願の登録請求の範囲の記載によっても、短軸線上に近接してある他の二つのシール面の構成は、被告製品においては「短軸線に対して交わる」もので、本件考案の「短軸線より位置をずらし」の構成とは異なることが明らかである。この事実からみても、原告自身、本件考案のシール面の構造と被告製品のシール面の構造とは、技術的に異なる構造のものと認識していたことは明らかである。
(2) 被告は、被告製品の構造につき、日本国特許庁、アメリカ合衆国特許商標庁、欧州特許庁、カナダ国特許庁、中華民国(台湾)経済部中央標準局及び大韓民国特許庁に対し特許出願していたところ、いずれの国においても、既に本件考案が公知資料として認識されている状況下において、被告製品の構造に新規性と進歩性が認められ、すべて審査にパスしている。これは、本件考案のシール面を「ずらす」構成は、一連で一本のシール面の位置を全体としてずらしたものであり、被告製品のシール面はこのような「ずらす」構成を採用せず、「傾斜させる」構成を採用したものであって、両構成間には技術的差異があると認められたからにほかならない。
被告製品の構造を構成要件とする発明に関する被告の特許出願(特願昭六一-二二六八八五)において、その発明は本件考案と同一又は本件考案から容易に推考することができたとする原告からの特許異議が、平成六年四月五日に理由なしとされた上、被告は、同特許出願に係る発明につき特許査定を受けた。すなわち、被告製品は本件考案と同一でなく、進歩性を有していることが、そこでも判断されている。
(3) さらに原告は、「イ号物件……は、現実には、製作上の欠点を有する。すなわち、シール突条はシールさせるという目的から、もともと製作上高度の精度が要求されるところ、さらに、イ号物件の場合には、シール面がライナー内周面及び主軸外周面という曲面で、シール突条をこの曲面に沿って斜めに設けなければならないため、製作技術上、非常に精度の高い工程を経なければならず、主軸面の切削及びライナー鋳型成型において加工性に劣り、製作上の欠点を有している(当業者においては、このような加工性に劣る構造は回避するのが一般である)。」と主張している(原審準備書面(第九回)五頁)。原告の主張によっても、本件考案と被告製品を比較した場合、被告製品は、理論上回転バランスが良いとのメリットを有するが、加工性に劣り製作上の欠点を有しているというものであり、この本件考案と被告製品との作用効果の差異は両者の構成が異なることから生じる結果であり、原告自ら両者の構成が異なることを明示している。
2 右シール面がその中間点においてライナー中心を通る短軸線と交わる被告製品の構成は、本件考案の構成要件C及びEといわゆる均等と評価できるか。
(原告の主張)
仮に登録請求の範囲にいうシール面が被告主張のとおりであるとしても、本件考案は、二枚のブレード(羽根)を用いて、ライナー一回転につき主軸とライナーの各シール面を一回だけ一致させることにより、一回転につき一打撃を得る作用効果を奏するものであり、被告製品も、右シール面がライナー中心を通る短軸線の中間点一点においてのみ交わる(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5)以外は、その余のいかなる点においても「長手方向の断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている」のであって、被告製品はそのようなシール面を具備するがために、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を奏しており、課題解決のための技術原理は本件考案と全く同一である。
本件考案と被告製品の相違点である、シール面の中間点一点においてのみ交わる(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5)という技術的思想は、一回転につき二打撃を発生させるという従来技術そのものであり、一回転一打撃という目的上何ら作用効果を奏せず、その技術的課題の解決には寄与しない部分にすぎず、登録請求の範囲にいうシール面を被告製品の構成に置換しても全体の作用効果には差異は生じない。そして、当業者において、本件実用新案公報の開示を得た場合、右シール面の中間点がライナー中心を通る短軸線と交わる被告製品の構成を採用しても、一回転一打撃という全体の作用効果上同一の結果を得られることに容易に想到することができる。しかも、被告製品には、製作過程上及び構造耐力上の問題点があることから、当業者としてはその問題点に気付いて、そのような構成は回避しようとするのが一般であり、敢えてその構成を採用するには、他に何か優れた作用効果などがなければならないが、優れた点は何もない。
したがって、右シール面の中間点がライナー中心を通る短軸線と交わる被告製品の構成は、本件考案の構成要件C及びEといわゆる均等と評価されるべきである。
(被告の主張)
本件考案のシール面の中心はライナー室中心を通る直線より数度偏心させており、この偏心のために主軸の回転バランスが悪くなって、作動時に偏心に起因する振動が生じる。特に機種が大型になるに従ってこの振動は大きくなり、作業員に対し大きな悪影響を与える。これに対し、被告製品ではシール面の中心はライナー室中心を通る直線上に位置して全く偏心させていないため、偏心に起因する振動が生じないという格別優れた効果を奏している。このように本件考案の構成を採用せず、被告の構成を採用したことにより格別優れた効果を奏する以上、均等と評価されるべきいわれはない。
二 争点2(被告製品は本件考案を利用したものといえるか)
(原告の主張)
仮に被告製品が本件考案に比し回転バランスが良いとしても、それは右シール面がその中間点においてのみライナー中心を通る短軸線と交わり(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5)、短軸線に対しずれない構成を採用したことによる。しかし、被告製品も中間点一点(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5)以外は、その余のいかなる点においても「長手方向の断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている」構成のシール面を具備している。
本件考案は、一回転一打撃の作用効果を得るために、主軸及びライナーの長手方向の断面において二つのシール面を結ぶ直線がライナー内周面短軸線に対してずれている構成のシール面を具備することが必須の構成要件であり、被告製品も、一回転一打撃の作用効果を得るために、この構成を全部含んでいるといえる。
してみると、被告製品は、右にいう「ずらす」という本件考案の要旨全部を含んだ上、長手方向の中間点一点において、いわゆる「ずらさない」という新たな技術的要素を付加したものといえる。そして右付加部分は、一回転一打撃を得るという目的及び作用効果上の本質的部分には全く寄与しない技術的要素である。
したがって、被告製品は本件考案の構成を全部一体性を失うことなく含んでいるから、本件考案を利用するものであり、利用発明として本件考案の技術的範囲に属するものというべきである。
(被告の主張)
利用関係が成立するためには、被告製品が本件考案の要旨全部(すべての構成要件)を具備し、更に新たな技術的要素を付加したものであることが必要である。ところが、被告製品は本件考案の構成要件C及びEを欠如するので、本件考案との間にこのような利用関係が成立しないことは明らかである。
三 争点2-2(不完全利用論の適用の可否)
(原告の主張)
不完全利用は、発明(考案)の構成要件の一部を省略し、又は他のものと置換するなどして、発明(考案)を実施することであり、改悪実施などと呼ばれている。不完全利用に係る製品は、特許権(実用新案権)の技術的範囲ないし保護範囲に属する。
被告製品が本件考案の油圧式トルクレンチと異なる唯一の点は、中間点一点の構成だけである。この点は一回転二打撃の作用効果を有し、本件考案の技術的課題である一回転一打撃という作用効果を減殺するもので、技術的課題解決の技術的思想に対する有害的事項である。そして、中間点一点は、長手方向全体に対し、ごくわずかな部分なので、比較的重要度の低い部分といえる。
他方、被告製品のように、シール凸条全体をライナー内周面及び主軸外周面という局面に沿って、かつ斜めに設けるということは、推考容易でこそあったものの、主軸外周面の切削工程及びライナー鋳型成型工程において加工性に劣り、製作上の欠点を有していたので、当業者においては、このような構造は回避するのが一般である。
被告は、本件考案の出願公開を見て、本件考案の侵害を免れるために、中間点一点に有害的事項を付加した構成の被告製品を製造し販売したものであって、被告製品の製造、販売は、不完全利用論の適用により、本件実用新案権を侵害するというべきである。
(被告の主張)
不完全利用論は、通説ではない。仮にその説によるとしても、被告製品は本件考案に対し不完全利用でもないし改悪実施でもない。
四 争点3(被告が賠償すべき原告に生じた損害額)
(原告の主張)
被告は、本件考案の出願公告日の翌日である平成元年九月五日から平成三年一月末日までの間、被告製品を合計五〇〇〇個製造し、一個一〇万円で販売し、原告はこれにより少なくとも実施料相当額三〇〇〇万円(実施料率は販売価格の六%が相当)と同額の損害を被った。
第四 争点に対する判断
一 争点1 -被告製品が本件考案の構成要件C及びEを具備するか-
1 シール面の意義
(同構成要件のシール面には、被告製品のようにライナー中心を通る短軸線に交わるものは含まれないか)
1.1 登録請求の範囲
本件登録請求の範囲には、「……空洞の内周面に設けた四つのシール面のうち、ライナー内周面の長手軸心線上のシール面をこの直線上に位置せしめ、ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面を……形成し……」と記載されており、特にシール「面」と記載されていることから、右にいうそれぞれの「シール面」は、一定の広がりを持つものであり、かつ、右に引用した他の登録請求の範囲の記載を併せみると、考案の詳細な説明その他から特段に解すべき事情が認められない限り、それはライナー内周面(及び主軸外端面)においてその軸心線方向に連続した形状のものを指称しているものと認めることができる。
1.2 実施例
本件考案の実施例に関してみれば、考案の詳細な説明中に、「この二(つ)の羽根9、9の間の主軸外周面には主軸外端面より少し突出したシール面7a、7b(7aの誤記)を形成するが、の(「この」の誤記)両シール面7a、7b(7aの誤記)間を結ぶ直線はこれと平行なる主軸中心を通る直線とはある一定の間隔を有して中心線よりいずれか片方に寄るものとし、かつ中心線と、主軸中心とシール面とを結ぶ直線とのなす角度を“a”とするものである。」(公報(一)3欄27~34行)、「短軸方向に対向する二つのシール面8a、8aは、キャビティ中心を通る短軸線よりも右もしくは左(ライナーの回転によって方向が変位する)にある一定間隔だけ位置がずれた前記短軸線と平行なる直線上にあってしかもキャビティ短軸線と、キユビティ(「キャビティ」の誤記)中心とシールポイント8aとを結ぶ直線とのなす角度が“a”となるように定めるものであり」(公報(一)3欄43行~4欄7行)、「互いに対向するライナーのシール面8b、8b及び主軸のシール面7a、7aが夫々中心を通す(る)直線より数度偏心せしめているので両シール面7a、8a間に隙間が生じ」(公報(一)5欄28~31行)、「対向する二つのシール面の中心をライナー室中心を通る直線より数度偏心させ」(公報(一)6欄14~16行)と記載されている。そして、願書添付図面(公報(一)四~五頁)第2図は、すべてライナー又は主軸の軸心線に対し垂直な断面形状での説明であるが、その断面形状の記載に際して、特にその断面位置を所定の位置に限定する旨の記載はなく、記載自体からみて任意の位置での断面形状についての記載(どの位置での断面形状も同じものとしての記載)と認められる。
1.3 当業者の認識
次に、当業者の認識を検討する。
本件考案出願当時の油圧式トルクレンチのシール機構においては、シール面の中心線はいずれもライナー室中心を通る直線と平行に設けるという技術であり(乙一二~一六)、本件考案の詳細な説明中においてもライナー室中心を通る直線と平行に設けるという構成以外の構成を示唆する記載はないから、当然、本件考案も、シール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるという従来技術を前提としたものと解さざるを得ない。被告製品は、シール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるのではなく、これと傾斜させるものとしているが、このような技術的思想は、被告側が初めて創作したものである(弁論の全趣旨)。
製作技術面でも、本件考案の登録出願当時、一般に、被告製品のように短軸線上に近接してある他の二つのシール面が短軸線に対して交わる構成の場合には、シール面がライナー内周面及び主軸外周面という曲面であるため、シール突条をこの曲面に沿って斜めに設けなければならず、非常に精度の高い工程を経なければならなかったのであり、主軸面の切削及びライナー鋳型成型において加工性に劣り、製作上の欠点を有する(当業者においては、このような加工性に劣る構造は回避するのが一般である)と認識されていたものと認められる(原告の原審準備書面(第九回)五頁)。
1.4 原告の出願経緯
右にみたところは、原告自身の実用新案登録出願の経緯にも表れている。すなわち原告は、本件考案の出願後に乙第四号証の実用新案登録出願をしているところ(公報(二))、この後願の願書添付図面には、同考案の実施例として被告製品のシール面の構造と同一のものが図示されている(第3図Aと第4図A)。このように、この後願に係る考案は、被告製品の構成を含むものであるが、その登録請求の範囲には、「ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線に対して交わるようにして配設し」と、二つのシール面がライナー中心の短軸線と交わることが明記されている。この後願の登録請求の範囲の記載に照らしてみても、本件登録請求の範囲にある「ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より位置をずらし」との記載に、右の交叉についての構成まで記載されていることを読み取ることは困難である。
1.5 総合判断
以上みたところを総合してみれば、本件登録請求の範囲にいう「ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より位置をずらし、かつこれと平行なる直線上に位置せしめて短軸線に対して非対称に形成し」との構成は、一連で一本のものとしてのシール面の位置を、全体として、ライナー中心を通る短軸線よりずらし、かつ、これと平行なる直線(どの位置においても、短軸線とシールポイントとを結ぶ直線とのなす角度が“a”となる関係にある直線)上に位置せしめたものと解される。したがって、被告製品のようにライナー中心を通る短軸線に交わる直線上に位置するシール面は、右の関係を生じることは絶対にないから、本件構成要件C及びEのシール面には含まれないことになる。
なお、乙第二九号証によれば、特許庁も同旨の判定をしていることが認められる。
1.6 原告の主張への補足判断
原告は、本件考案の技術的範囲は、すべての断面という限定をせずに、軸心方向に対し垂直な断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている部分があるということが必須構成要件であり、それによって一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を奏するものは、本件考案の技術的範囲に含まれる旨、また被告製品に右交わる点が唯一点あることによって、技術的本質には何ら影響はなく、被告製品全体の作用効果も一回転一打撃を有するもので、本質的には同一である旨主張する。
しかしながら、まず、軸心方向に対し垂直な断面において二つのシール面が短軸線に対してずれている部分があることによって、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を奏するものが、すべて本件考案の技術的範囲に含まれると解することは許されない。
本件考案は、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を得るために、「ライナー内周面短軸線上に近接してある他の二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より位置をずらし、かつこれと平行なる直線上に位置せしめ」る構成(二つのシール面はライナー中心を通る短軸線より同一方向に平行に位置をずらす構成)を採用したのであり、他方、被告製品においては、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を得るという目的は同一であるが、その作用効果を得るために、ライナー(主軸)中心を通る短軸線とシール面の中間点が交わる点を中心にしてシール面を傾斜させる(右交点より先の直線とそれより後の直線傾斜角度は同一であるが、方向は正反対となる)構成が採用されているのである。被告製品は、これにより、本件考案が二つのシール面をライナー中心を通る短軸線より同一方向に位置をずらす構成を採用したことに起因する重量バランスの不均等によって起こる回転振動を避止できるという、本件考案にはない独自の効果を得ることができると認められる(甲二、一一~一四、一五、一八、一九、乙四、六~一一の各1、2、一二~一七、一八の1、2、一九の1~4、二〇~二五、三〇)。
原、被告双方が実施した工具振動レベルの測定結果(甲一五、一八、一九、乙三〇)からは、測定対象工具中の動きのある箇所のすべての部位で振動が発生するため、本件で問題のライナーと主軸のシール機構部分から発生する振動のみを区分して測定することができないので明確な結論は得難いけれども、少なくとも無負荷時においては原告製品より被告製品の方が振動が少ないと認められる。そして、無負荷時にはその工具自身の構造のみに起因する振動が生じていると考えられるのであり、工具の使用時には、無負荷時にも作業員はその工具を握持してその振動を受けるから、無負荷時の振動の多寡は重要な考慮要素となることは明らかである。
原告が当審で主張を補充したところを加味してみても、右認定は動かない。
2 均等か否か
(右シール面がその中間点においてライナー中心を通る短軸線と交わる被告製品の構成は、本件考案の構成要件C及びEといわゆる均等と評価できるか)
2.1 主張
原告は、仮に登録請求の範囲にいうシール面が被告主張のとおりであるとしても、本件考案は、前記構成を採用することによって、二枚のブレード(羽根)を用いて、ライナー一回転につき主軸とライナーの各シール面を一回だけ一致させることにより、一回転につき一打撃の作用効果を奏するものであり、被告製品も、右シール面がその中間点においてのみライナー中心を通る短軸線と交わる(原判決別紙図面第6図(断面図)5-5)以外は、その余のいかなる点においても「長手方向の断面において、二つのシール面が短軸線に対してずれている」のであって、被告製品はそのようなシール面を具備するがために、一回転につき一回だけライナーと主軸のシール面が一致して一回転一打撃の作用効果を奏しており、課題解決のための技術原理は本件考案と全く同一であり、本件考案のシール面を被告製品の構成に置換しても全体の作用効果には差異はなく、当業者において、本件実用新案公報の開示を得た場合、被告製品のシール面の構成を容易に想到することができるから、被告製品のシール面の構成は、本件考案の構成要件C及びEといわゆる均等と評価されるべきであると主張する。
2.2 対比
まず、本件考案と被告製品の構成及び作用効果を改めて対比してみる。
証拠によれば、本件考案の二ブレード式インパルスレンチは、内周面とメインシャフトに形成したシール部をいずれも偏心させているため、重量バランスに不均衡を生じ回転振動の原因となるという問題があったが、シール面をその中間点(ライナー中心を通る短軸線と交わる点)を中心に傾斜させた直線上に位置させる構成を採用することによって、この問題を解決したのが被告製品であり、被告製品の右構成においてはライナーの重量バランスが安定し、回転振動を生じる原因を避止できるので、労働衛生上、手指障害対策などに大きな効果を発揮するし、また、被告製品では、そのため二枚のブレードに油圧力が均等に作用するので、本件考案のものより、ライナーの回転の慣性力が大となり、強力な打撃(締めつけ)トルクが得られるなどの、本件考案にない作用効果を奏することが認められる(甲二、一一~一四、一五、一八、一九、乙四、六~一一の各1、2、一二~一七、一八の1、2、一九の1~4、二〇~二五、三〇)。
ちなみに、被告製品の構成を採択した発明については、被告から特許出願がされ(特願昭六一-二二六八八五)、その発明は本件考案と同一又は本件考案から容易に推考することができたとする原告からの特許異議が、平成六年四月五日に理由なしとされた上、被告は、同特許出願に係る発明につき特許査定を受けている(乙三二、三三)。その出願において補正された願書添付明細書には、作用効果として「したがって、二枚のブレードに作用する二つの油圧力は偶力となり、従来の欄に記載したものと比較して、回転に伴う振動を抑制できる」と記載され(乙三四)、右の特許異議を排斥した決定においても、同発明は、その構成を備えることにより明細書に記載されたとおりの作用効果を奏することができると認定されている(乙三二)。
2.3 推考容易性
本件考案出願当時の油圧式トルクレンチのシール機構においては、シール面の中心線はいずれもライナー室中心を通る直線と平行に設けるという技術であり、本件考案の詳細な説明中においてもシール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるという構成以外の構成を示唆する記載は全くなく、被告製品の、シール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるのではなく、これと傾斜させることとする技術的思想は、被告側が初めて創作したものである。そして、本件考案出願当時、一般に、被告製品のように短軸線上に近接してある他の二つのシール面が短軸線に対して交わる構成の場合には、シール面がライナー内周面及び主軸外周面という曲面であるため、シール突条をこの曲面に沿って斜めに設けなければならないため、製作技術上、非常に精度の高い工程を経なければならず、主軸面の切削及びライナー鋳型成型において加工性に劣り、製作上の欠点を有していると認識されていた。
以上の事情はさきに説示したとおりであり、当業者においては、右に示したような加工性に劣る構造は回避するのが一般であることにも照らせば、被告製品の右構成が、推考容易であったと考えることはできない。
被告製品の構成が本件考案から推考容易でなく、進歩性があるとの判断は、被告製品の構成を備えた被告の前記特許出願についての原告の特許異議を理由なしとした特許庁の決定(乙三二)でも示されているところである。
2.4 均等の結論
そうすると、原告の均等の主張は採用できない。
3 技術的範囲の属否の結論
以上のとおりで、被告製品が本件考案の構成要件C及びEを具備するということはできない。
二 争点2-被告製品は本件考案を利用したものといえるか-
利用関係が成立するためには、被告製品が本件考案の要旨全部(すべての構成要件)を具備していることが必要である。ところが、前記のとおり、被告製品は本件考案の構成要件C及びEを欠如するので、本件考案を利用する関係が成立しないことは明らかである。
三 争点2-2-不完全利用論の適用の可否-
不完全利用論を肯定して適用する場合の要件については定説があるわけではない。しかし、その適用を肯定するためには、少なくとも、被告製品が本件考案の技術的範囲に属するのを潜脱したものと疑われてもやむを得ないような、構成の一部省略及び作用効果の減殺の事情がなければならないといえる。したがって、一部の構成要件が欠けることにより顕著な作用効果を奏するのならば、被告製品が本件考案の不完全利用として本件考案を侵害するものと評価すべきことにはならない。
均等論の適否についてさきに説示したところによれば、被告製品には、シール面をライナー室中心を通る直線と平行に設けるのではなく、これと傾斜させる構成を採用したことにより、本件考案にない作用効果を奏するのであるから、被告製品が、不完全利用論で唱えられているところの適用の前提を欠くことは明らかである。この点についての原告の主張は、理由がない。
第五 結論
以上の次第で、被告製品は本件考案の技術的範囲に属するものとは認められず、原告の本訴請求は理由がない。これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 塩月秀平)